06/13: 読書
Category: 勉強法
Posted by: tosho
文科三類二年 福永美華
読者の皆さん、こんにちは!ブロガーの福永です。
じめじめした梅雨の季節がやってきましたね…気分転換をするにも、外出さえ億劫になってしまいそうです。
この時期にオススメする気分転換方法、それは読書です。読書というと、苦手意識をもっている人も多いかと思います。夜に読んでいると、すぐ眠くなってしまう人もいるかも知れませんね。
しかし、あくまで気分転換なのですから、自分に興味のある話題の本であれば構いません。野球が好きであれば、野球が題材となっている小説や三鷹市在住であれば、三鷹市が舞台の小説であるとか…
読書は先生や家庭教師等、誰かに勧められて始めると、なかなかやる気も出ないですし、気分転換の意味もなくなってしまいます。
なかなかそれでもやる気が出ないという方、読書が苦手だという方、物語の読解が苦手な方に、変わった読書法をご紹介しようと思います。
一つ目・作者の側に立ってみること。作者が読者をどう引き込もうとしているかを常に意識して読めば、いつの間にか物語の輪郭が見えてきます。
二つ目・次の展開を予想すること。文章(特に小説)に引き込まれた場合、展開を自然と予想していくと思います。それを自発的に行えば、読解しやすくなると思います。物語であれば、登場人物が何を言いたいのか、何を考えているのかを常に考えてみるとよいでしょう。
読書をすることで、現代文の成績が上がる、という話もありますが、私は読書=現代文とは考えていません。
読書をすることで身につくのは読解力であり、現代文で必要となるのは読解したものを自分の頭の中で咀嚼し、自分の言葉で還元することではないでしょうか。
読解力や語彙力をつけることに読書は有用と言えますが、その力を使いこなしていくことが現代文の成績向上につながるのではないのかと思うのです。
本は好きだが、現代文の成績は…。という生徒さんに多いのは、読解を我流、つまり自分の読みたいように読んでしまう傾向にあるのではないでしょうか。
現代文の読解に正解はないだけに幾通りもの読み方があります。その違いを授業等で埋め、比較していくことで、読解を自分だけのやり方だけではない、より深い読解につながっていくのではないかと思います。
しかし、読書が日本語力を蓄える重要ファクターになることは確かだと思います。自分の興味のあるものから始めていけば、おのずと読書が、活字に近づいていけるでしょう。
小学生低学年くらいならば、漫画日本の歴史であるとか、世界の偉人などから始めても構わないと思います。
そこから興味がわいていけば、歴史小説や偉人伝・自叙伝といった作品に触れていくはずです。
まずは本屋さんや図書館に行って、ピンときた本と向きあってみてはいかがでしょう。
文科三類二年 福永美華
読者の皆さん、こんにちは!ブロガーの福永です。
じめじめした梅雨の季節がやってきましたね…気分転換をするにも、外出さえ億劫になってしまいそうです。
この時期にオススメする気分転換方法、それは読書です。読書というと、苦手意識をもっている人も多いかと思います。夜に読んでいると、すぐ眠くなってしまう人もいるかも知れませんね。
しかし、あくまで気分転換なのですから、自分に興味のある話題の本であれば構いません。野球が好きであれば、野球が題材となっている小説や三鷹市在住であれば、三鷹市が舞台の小説であるとか…
読書は先生や家庭教師等、誰かに勧められて始めると、なかなかやる気も出ないですし、気分転換の意味もなくなってしまいます。
なかなかそれでもやる気が出ないという方、読書が苦手だという方、物語の読解が苦手な方に、変わった読書法をご紹介しようと思います。
一つ目・作者の側に立ってみること。作者が読者をどう引き込もうとしているかを常に意識して読めば、いつの間にか物語の輪郭が見えてきます。
二つ目・次の展開を予想すること。文章(特に小説)に引き込まれた場合、展開を自然と予想していくと思います。それを自発的に行えば、読解しやすくなると思います。物語であれば、登場人物が何を言いたいのか、何を考えているのかを常に考えてみるとよいでしょう。
読書をすることで、現代文の成績が上がる、という話もありますが、私は読書=現代文とは考えていません。
読書をすることで身につくのは読解力であり、現代文で必要となるのは読解したものを自分の頭の中で咀嚼し、自分の言葉で還元することではないでしょうか。
読解力や語彙力をつけることに読書は有用と言えますが、その力を使いこなしていくことが現代文の成績向上につながるのではないのかと思うのです。
本は好きだが、現代文の成績は…。という生徒さんに多いのは、読解を我流、つまり自分の読みたいように読んでしまう傾向にあるのではないでしょうか。
現代文の読解に正解はないだけに幾通りもの読み方があります。その違いを授業等で埋め、比較していくことで、読解を自分だけのやり方だけではない、より深い読解につながっていくのではないかと思います。
しかし、読書が日本語力を蓄える重要ファクターになることは確かだと思います。自分の興味のあるものから始めていけば、おのずと読書が、活字に近づいていけるでしょう。
小学生低学年くらいならば、漫画日本の歴史であるとか、世界の偉人などから始めても構わないと思います。
そこから興味がわいていけば、歴史小説や偉人伝・自叙伝といった作品に触れていくはずです。
まずは本屋さんや図書館に行って、ピンときた本と向きあってみてはいかがでしょう。
文科三類二年 福永美華
06/10: グローバルスタンダード
Category: 受験コラム
Posted by: tosho
吉村充弘 教養学部文科2類1年
読者のみなさん、こんにちは。ブロガーの吉村です。
今回は、「グローバルスタンダード」についてお話しようと思います。
近年、国際化への対応が叫ばれています。そして、グローバルスタンダードに合わせることが、全ての問題解決のために最善策であり、必須のように言われています。しかし、本当にそうでしょうか。
まず、グローバルスタンダードについて、考えて見ましょう。グローバルスタンダードと言われるような標準的規格はどこにもありません。どこかの国が強い主張を繰り返して作り出したものであることは明白です。その国とは、ご予想の通り、マクドナルドの国アメリカです。
しかし、現在、金融など市場の中心はウォールストリートを離れ、ロンドンのシティに移りつつあります。なぜ、ウォールストリートは世界の中心としての勢いをなくしたのでしょうか。もしかすると、それはITバブルやアメリカ経済の行き詰まりが原因だとおっしゃる方がいらっしゃるかもしれません。たしかに、それも一因ではありましょう。しかし、もっとクルーシャルな原因は、グローバル化にあるのです。「え?グローバル化はアメリカにとって有利なことではないの?」とおっしゃる方がいらっしゃるでしょう。一見、そう見えます。しかし、第二次世界大戦後のアメリカだけが物質的に豊かだった時代を考えると、「毎日マクドナルドが食べられてコーラが飲める国」というのは羨望の的です。しかし、現在になるとどうでしょう。グローバル化によって類似品が大量に出回り、アメリカの生産する早く作れるけど、美味しいのかは疑問な商品の数々は国際競争力を相対的に落とさざるを得ないのです。
今、ロンドンでもイギリス人労働者がポーランド人に取って代わられ、アメリカにおけるヒスパニック問題とほとんど同じ問題が生じています。このような問題がなぜ起こるかと言う説明は、簡単です。それは、アメリカの白人やイギリス人の労働者に競争力がないのです。小学校を出ていない移民と大学を出た白人の両方にできる仕事ならば、安く雇える前者を雇うでしょう。これは、経済の原理として当たり前です。つまり、たとえを出せば、フランスにはブランドがある。でも、アメリカやイギリスにはあまりないのです。(特にアメリカにおいて。)最近はチリワインも人気ですが、やはり誰かをもてなすときにはフランスワインを買おうかと思うでしょう。それを考えても、知的財産や知能集約的産業およびそれに従事できる人材は国際競争力を保つために必須の条件なのです。
また、今、メディアの関心を呼んでいる地域格差は国際化に起因しています。今までは国をトップとするヒエラルキーの中で全てが動いていたのが、国際組織をトップとするヒエラルキーに替わり、国以下の全ての組織がは今までより一ランク下に位置づけられるわけです。
適切な例ではないですが、ダウンサイジングして考えると、府中で家庭教師を派遣している会社があったとして、今回、新宿にオフィスを置いて東京全体に家庭教師を派遣するようになったとします。このとき、これまで派遣してきた府中は家庭教師派遣先としての東京の一部分であり、そこに目が行き届くとは限らなくなります。それこそ、東京全体での家庭教師派遣先としては物価が高い恵比寿などのほうが高い時給を提示するお宅が多いかもしれませんし、東京全体で家庭教師派遣先を考えるならば、一つの市町村レベルよりももっと広い選択肢が得られるわけですから、一市町村にこだわる必要はなくなるわけです。東京の家庭教師を例に取るのはあまり適切とはいえませんが、言いたいことは、地方は国際機関からすると面倒を見切れない細部になってしまうわけです。決して都市ばかりが栄えることがいいとは言いませんが、しかし、この国際化の世の中では仕方のないことではないでしょうか。
以上、国際化を少し視点を変えて論じてみました。
国際化に堪える人材として、ぜひ国際的に通用する教養を身につけ、日本独自のよさを民族主義的イデオロギーにこびることなく世界に発信していくことがこれからの世界で求められていることだと私は考えています。
吉村充弘 教養学部文科2類1年
読者のみなさん、こんにちは。ブロガーの吉村です。
今回は、「グローバルスタンダード」についてお話しようと思います。
【国際化】
近年、国際化への対応が叫ばれています。そして、グローバルスタンダードに合わせることが、全ての問題解決のために最善策であり、必須のように言われています。しかし、本当にそうでしょうか。
まず、グローバルスタンダードについて、考えて見ましょう。グローバルスタンダードと言われるような標準的規格はどこにもありません。どこかの国が強い主張を繰り返して作り出したものであることは明白です。その国とは、ご予想の通り、マクドナルドの国アメリカです。
【アメリカの凋落】
しかし、現在、金融など市場の中心はウォールストリートを離れ、ロンドンのシティに移りつつあります。なぜ、ウォールストリートは世界の中心としての勢いをなくしたのでしょうか。もしかすると、それはITバブルやアメリカ経済の行き詰まりが原因だとおっしゃる方がいらっしゃるかもしれません。たしかに、それも一因ではありましょう。しかし、もっとクルーシャルな原因は、グローバル化にあるのです。「え?グローバル化はアメリカにとって有利なことではないの?」とおっしゃる方がいらっしゃるでしょう。一見、そう見えます。しかし、第二次世界大戦後のアメリカだけが物質的に豊かだった時代を考えると、「毎日マクドナルドが食べられてコーラが飲める国」というのは羨望の的です。しかし、現在になるとどうでしょう。グローバル化によって類似品が大量に出回り、アメリカの生産する早く作れるけど、美味しいのかは疑問な商品の数々は国際競争力を相対的に落とさざるを得ないのです。
【国際競争力をつけるには】
今、ロンドンでもイギリス人労働者がポーランド人に取って代わられ、アメリカにおけるヒスパニック問題とほとんど同じ問題が生じています。このような問題がなぜ起こるかと言う説明は、簡単です。それは、アメリカの白人やイギリス人の労働者に競争力がないのです。小学校を出ていない移民と大学を出た白人の両方にできる仕事ならば、安く雇える前者を雇うでしょう。これは、経済の原理として当たり前です。つまり、たとえを出せば、フランスにはブランドがある。でも、アメリカやイギリスにはあまりないのです。(特にアメリカにおいて。)最近はチリワインも人気ですが、やはり誰かをもてなすときにはフランスワインを買おうかと思うでしょう。それを考えても、知的財産や知能集約的産業およびそれに従事できる人材は国際競争力を保つために必須の条件なのです。
【国際化と地域】
また、今、メディアの関心を呼んでいる地域格差は国際化に起因しています。今までは国をトップとするヒエラルキーの中で全てが動いていたのが、国際組織をトップとするヒエラルキーに替わり、国以下の全ての組織がは今までより一ランク下に位置づけられるわけです。
適切な例ではないですが、ダウンサイジングして考えると、府中で家庭教師を派遣している会社があったとして、今回、新宿にオフィスを置いて東京全体に家庭教師を派遣するようになったとします。このとき、これまで派遣してきた府中は家庭教師派遣先としての東京の一部分であり、そこに目が行き届くとは限らなくなります。それこそ、東京全体での家庭教師派遣先としては物価が高い恵比寿などのほうが高い時給を提示するお宅が多いかもしれませんし、東京全体で家庭教師派遣先を考えるならば、一つの市町村レベルよりももっと広い選択肢が得られるわけですから、一市町村にこだわる必要はなくなるわけです。東京の家庭教師を例に取るのはあまり適切とはいえませんが、言いたいことは、地方は国際機関からすると面倒を見切れない細部になってしまうわけです。決して都市ばかりが栄えることがいいとは言いませんが、しかし、この国際化の世の中では仕方のないことではないでしょうか。
【国際化に堪える人材】
以上、国際化を少し視点を変えて論じてみました。
国際化に堪える人材として、ぜひ国際的に通用する教養を身につけ、日本独自のよさを民族主義的イデオロギーにこびることなく世界に発信していくことがこれからの世界で求められていることだと私は考えています。
吉村充弘 教養学部文科2類1年
06/10: ものを書くこと
Category: 受験コラム
Posted by: tosho
吉村充弘 教養学部文科2類1年
読者のみなさん、こんにちは。ブロガーの吉村です。
今回は、「ものを書くこと」についてお話しようと思います。
読むほうでよく言われることですが、ここ20年ほど、活字離れに警鐘を鳴らす人が多くいます。確かに、読書量は昔の人に比べて明らかに減っているのでしょう。私は、本を読むのは好きなほうですが、それでもいかめしい顔をした古典などはなかなか読む気が起きません。実際、東大生であっても漫画や家庭教師・塾講師の予習用の本しか読まないという人もかなりいるのではないでしょうか。(一番最悪なケースは家庭教師もやっておらず、東大の図書館に行っても読むのは漫画ばかりというパターンでしょう。)みなさんは、どのくらい本を読まれるでしょうか。
ものを書くことの話をしようとしてなぜ読書なの?ボケが来てるんじゃないの?と思われた方がいるかもしれません。たしかに、私も東大というモラトリアム組織に入り、家庭教師等の頭脳系の仕事もやっていないとなると記憶力や思考力が落ちていくのではないかと心配していますが(笑)、まあまだ直近に言ったことをすっかり忘れるまで退化していないと信じています。
前置きが長くなりましたが、読書と書き物は関係があるのです。みなさんが誰しも通ってきた赤ちゃんの頃、誰も「今日は読解をやろう」「今日は作文だ」とかいって日本語を習得した人はいませんよね?(もしそのような方がいらっしゃったら、お詫び申し上げます。)自然に、読み書きとヒアリングを同時に学んできたわけです。このようにバランスをとることは、人間にとってどんな言語を学ぶときにでも最良の方法らしいです。読む能力・書く能力・聞く能力・話す能力(実は話す能力は書く能力に極めて近いですが)、この4つはお互いに連関しあって発達するものなのだと思います(科学的根拠があるのかは、発達科学の専門家でないのでわかりませんが)。たとえば、秘術を持つ家庭教師に教えてもらって東大の後期試験に受かるレベルまで書く能力を上げたけれど、読む能力は小学3年生レベルだったら、どんなにその家庭教師が魔術を持っていたって東大には普通合格しません。なぜなら、読んで課題文を理解する力がないからです。
なぜ、ここでこのような極端な例を出すかというと、現在の活字離れ社会は、これをもっと小さな規模でやったものだからです。本を読まないから知識が少なくて書くときの創造力の源泉が得られない。また、書かないから、文章に慣れず、文章のおもしろさがわからず、読まない。これのスパイラルなわけです。国語ができるできないじゃありません。所詮、国語って言うのは出題者の独善的理解を受験生がどれだけ推測できるかという問題で、本当の意味で日本語をうまく運用できているというのとは全くもって違います。
もし、日本語をうまく運用できれば、本も楽しみながら読めるし、そうすると文章も書きたくなってくる。文章を書くと、また筆者の気持ちがわかったりすることも合って、本を読むのが楽しくなる。こんないい方向にスパイラルを巻きなおしていくことが今、求められているのだと思います。
将来、「港区で家庭教師募集中」という文字を見て、理解できないし、魅力的な紹介文もつけれない大人が増えないように、みなさんも帰り道の本屋で目に付いた文庫を手にとってはいかがでしょう。
吉村充弘 教養学部文科2類1年
読者のみなさん、こんにちは。ブロガーの吉村です。
今回は、「ものを書くこと」についてお話しようと思います。
【活字離れ】
読むほうでよく言われることですが、ここ20年ほど、活字離れに警鐘を鳴らす人が多くいます。確かに、読書量は昔の人に比べて明らかに減っているのでしょう。私は、本を読むのは好きなほうですが、それでもいかめしい顔をした古典などはなかなか読む気が起きません。実際、東大生であっても漫画や家庭教師・塾講師の予習用の本しか読まないという人もかなりいるのではないでしょうか。(一番最悪なケースは家庭教師もやっておらず、東大の図書館に行っても読むのは漫画ばかりというパターンでしょう。)みなさんは、どのくらい本を読まれるでしょうか。
【読書と書き物】
ものを書くことの話をしようとしてなぜ読書なの?ボケが来てるんじゃないの?と思われた方がいるかもしれません。たしかに、私も東大というモラトリアム組織に入り、家庭教師等の頭脳系の仕事もやっていないとなると記憶力や思考力が落ちていくのではないかと心配していますが(笑)、まあまだ直近に言ったことをすっかり忘れるまで退化していないと信じています。
前置きが長くなりましたが、読書と書き物は関係があるのです。みなさんが誰しも通ってきた赤ちゃんの頃、誰も「今日は読解をやろう」「今日は作文だ」とかいって日本語を習得した人はいませんよね?(もしそのような方がいらっしゃったら、お詫び申し上げます。)自然に、読み書きとヒアリングを同時に学んできたわけです。このようにバランスをとることは、人間にとってどんな言語を学ぶときにでも最良の方法らしいです。読む能力・書く能力・聞く能力・話す能力(実は話す能力は書く能力に極めて近いですが)、この4つはお互いに連関しあって発達するものなのだと思います(科学的根拠があるのかは、発達科学の専門家でないのでわかりませんが)。たとえば、秘術を持つ家庭教師に教えてもらって東大の後期試験に受かるレベルまで書く能力を上げたけれど、読む能力は小学3年生レベルだったら、どんなにその家庭教師が魔術を持っていたって東大には普通合格しません。なぜなら、読んで課題文を理解する力がないからです。
なぜ、ここでこのような極端な例を出すかというと、現在の活字離れ社会は、これをもっと小さな規模でやったものだからです。本を読まないから知識が少なくて書くときの創造力の源泉が得られない。また、書かないから、文章に慣れず、文章のおもしろさがわからず、読まない。これのスパイラルなわけです。国語ができるできないじゃありません。所詮、国語って言うのは出題者の独善的理解を受験生がどれだけ推測できるかという問題で、本当の意味で日本語をうまく運用できているというのとは全くもって違います。
もし、日本語をうまく運用できれば、本も楽しみながら読めるし、そうすると文章も書きたくなってくる。文章を書くと、また筆者の気持ちがわかったりすることも合って、本を読むのが楽しくなる。こんないい方向にスパイラルを巻きなおしていくことが今、求められているのだと思います。
将来、「港区で家庭教師募集中」という文字を見て、理解できないし、魅力的な紹介文もつけれない大人が増えないように、みなさんも帰り道の本屋で目に付いた文庫を手にとってはいかがでしょう。
吉村充弘 教養学部文科2類1年
06/10: 社会教育
Category: 勉強法
Posted by: tosho
文科三類二年 福永美華
読者のみなさん、こんにちは。ブロガーの福永です。
突然ですが、皆さんは「社会教育」という言葉をご存知でしょうか?
なかなか、聞き慣れない言葉とは思います。
社会教育とは学校と家庭を除いた社会において行われる教育、を指します。最近耳にすることの多くなった生涯学習というのもこの社会教育の一部ととらえることができるでしょう。
社会教育の場として開かれているものを挙げてみると、図書館、博物館、公民館、そして塾や予備校などがあります。
つまり、学校で学ぶということとは別の、社会全体に開かれた学び、とでも言い換えられると思います。
学習、というとつい学校で学ぶものを連想してしまいがちですが、実際の生活と密にリンクし、さらに生活を豊かにしていくためにも社会教育というものに、学生のうちから目を向けることは大切なのではないか、と思います。
もちろん、学校で学ぶ科目を否定しているわけではなく、プラスアルファとして、様々なことを学ぶ、取り組むという姿勢をもっと持ってみてはどうでしょうか。
例えば、関西出身の大学生がアルバイトで家庭教師を浦和で行う、というものでも、社会教育の一つといえると思います。
どういうことかといえば、
まず、生徒の立場からいえば、学校以外の場所で、先生以外の人から、個別に指導をうけられるという点で社会教育に含まれるでしょう。
指導以外に大学生活のことなどを聞いたり、進路について考えてみることなども学びの一貫としてとらえられるのではないでしょうか。
次に家庭教師側にとっても、人に教えるということ、普段交流を持たないような違う世代と触れ合うということ、地元ではない場所に訪れるということから、その地域について学ぶこともあるのではないでしょうか。
少し強引、とお思いになる方もいるかもしれませんが、日々学び、という姿勢が社会教育の充実には必要不可欠だと思います。
その姿勢さえあれば、無理に新しいことを始める(資格取得など)ということをしなくても、日々の生活から学びの要素は見つけられるはずです!
また、加えて社会教育に必要なのは「楽しむ」ことでしょう。
知的好奇心が刺激され、それに反応することが人間が生きる上で必要だそうです。
楽しみ学ぶこと、これは食べる、寝るなどといった人間の本能的欲求と並んで人間が生きる上で求められているということです。
最後は何となく難しくなってしまいましたが、要はさまざまな日々の出来事から多くのことを学ぶ姿勢を積極的に持っていこう!という話でした。
文科三類二年 福永美華
読者のみなさん、こんにちは。ブロガーの福永です。
突然ですが、皆さんは「社会教育」という言葉をご存知でしょうか?
なかなか、聞き慣れない言葉とは思います。
社会教育とは学校と家庭を除いた社会において行われる教育、を指します。最近耳にすることの多くなった生涯学習というのもこの社会教育の一部ととらえることができるでしょう。
社会教育の場として開かれているものを挙げてみると、図書館、博物館、公民館、そして塾や予備校などがあります。
つまり、学校で学ぶということとは別の、社会全体に開かれた学び、とでも言い換えられると思います。
学習、というとつい学校で学ぶものを連想してしまいがちですが、実際の生活と密にリンクし、さらに生活を豊かにしていくためにも社会教育というものに、学生のうちから目を向けることは大切なのではないか、と思います。
もちろん、学校で学ぶ科目を否定しているわけではなく、プラスアルファとして、様々なことを学ぶ、取り組むという姿勢をもっと持ってみてはどうでしょうか。
例えば、関西出身の大学生がアルバイトで家庭教師を浦和で行う、というものでも、社会教育の一つといえると思います。
どういうことかといえば、
まず、生徒の立場からいえば、学校以外の場所で、先生以外の人から、個別に指導をうけられるという点で社会教育に含まれるでしょう。
指導以外に大学生活のことなどを聞いたり、進路について考えてみることなども学びの一貫としてとらえられるのではないでしょうか。
次に家庭教師側にとっても、人に教えるということ、普段交流を持たないような違う世代と触れ合うということ、地元ではない場所に訪れるということから、その地域について学ぶこともあるのではないでしょうか。
少し強引、とお思いになる方もいるかもしれませんが、日々学び、という姿勢が社会教育の充実には必要不可欠だと思います。
その姿勢さえあれば、無理に新しいことを始める(資格取得など)ということをしなくても、日々の生活から学びの要素は見つけられるはずです!
また、加えて社会教育に必要なのは「楽しむ」ことでしょう。
知的好奇心が刺激され、それに反応することが人間が生きる上で必要だそうです。
楽しみ学ぶこと、これは食べる、寝るなどといった人間の本能的欲求と並んで人間が生きる上で求められているということです。
最後は何となく難しくなってしまいましたが、要はさまざまな日々の出来事から多くのことを学ぶ姿勢を積極的に持っていこう!という話でした。
文科三類二年 福永美華
06/10: 高校受験
Category: 高校受験対策
Posted by: tosho
文科三類二年 福永美華
読者の皆さん、こんにちは。ブロガーの福永です。
最近は気温の変化が激しく、体調も崩しやすいかもしれません。東大でも百日風邪が流行っているようです。(去年は麻疹でしたが…)勉強をするのも、スポーツをするのも、家庭教師のアルバイトをするのも、何をするにも体が資本!体調管理には気をつけていきましょう。
さて、今回のブログでは、高校受験について考えていきたいと思います。
高校受験では、中学受験・大学受験とは異なることが多いのではないかと思います。私自身は高校受験を経験していないので、そのように感じるのかもしれませんが、その私から見た高校受験、勉強法について書いていきたいと思います。
まず、地域ごとのでの差があるということです。主に公立高校にいえるのでしょうが、都・県によってその受験科目や出題傾向・受験が行われる時期もまちまちなのではないでしょうか。また公立高と私立高での違いも大きいと思います。
この違いをしっかり把握し、合格につなげていくには、地域密着型の学習法ではないかと思います。それは、例えば、大宮の高校が第一志望であれば、大宮近郊の塾や埼玉県の高校出身の家庭教師をつける、等ということです。
東京の塾にわざわざ通うということはしないにしても、せっかくつけた家庭教師が私のような東京の中高一貫校卒であれば、いくら東大生でも、受験対策にはいまひとつでしょう。通いたい高校出身者であれば、もちろん効果は絶大でしょう。
次に、中学校の成績が内申として受験において非常に重要視されるということが一つの特徴と言えるのではないでしょうか。ここは、家庭教師の出番でしょう!
苦手科目はしっかりカバーしでもらい、どこがわからないかをはっきりさせ、定期テスト対策を万全にしていきましょう。
なかなか点数が上がらないという方にオススメなの勉強法をご紹介します。用意するものは新しいノート一冊。あんまり分厚いノートじゃなくていいですよ。
このノートに、家庭教師から出された宿題や、学校の宿題で、間違えてしまった問題をひたすら書き写してください。このとき答えは書き写しません。
こうして出来たノートが、自分の「苦手克服ノート」です!
ノートに問題がたまったら、何度もそのノートの問題をやってみましょう。
一度できても、別の日にもう一度。三度できたら、もうやらないでOK! というルールを決めておいてもよいかもしれません。
できなかった問題が出来るようになって、実力アップが実感できるはずです。
それでもわからない、どうしても理解できない問題は塾の先生や家庭教師に見てもらいましょう。根本的な知識の定着ができていない可能性もありますし、何か別の原因あるかもしれません。ほかの人に見てもらうことが大切です。
まだ受験まで時間がある!と余裕を持たずに、地道にコツコツ勉強することこそ高校受験の合格への近道かもしれません。
文科三類二年 福永美華
読者の皆さん、こんにちは。ブロガーの福永です。
最近は気温の変化が激しく、体調も崩しやすいかもしれません。東大でも百日風邪が流行っているようです。(去年は麻疹でしたが…)勉強をするのも、スポーツをするのも、家庭教師のアルバイトをするのも、何をするにも体が資本!体調管理には気をつけていきましょう。
さて、今回のブログでは、高校受験について考えていきたいと思います。
高校受験では、中学受験・大学受験とは異なることが多いのではないかと思います。私自身は高校受験を経験していないので、そのように感じるのかもしれませんが、その私から見た高校受験、勉強法について書いていきたいと思います。
まず、地域ごとのでの差があるということです。主に公立高校にいえるのでしょうが、都・県によってその受験科目や出題傾向・受験が行われる時期もまちまちなのではないでしょうか。また公立高と私立高での違いも大きいと思います。
この違いをしっかり把握し、合格につなげていくには、地域密着型の学習法ではないかと思います。それは、例えば、大宮の高校が第一志望であれば、大宮近郊の塾や埼玉県の高校出身の家庭教師をつける、等ということです。
東京の塾にわざわざ通うということはしないにしても、せっかくつけた家庭教師が私のような東京の中高一貫校卒であれば、いくら東大生でも、受験対策にはいまひとつでしょう。通いたい高校出身者であれば、もちろん効果は絶大でしょう。
次に、中学校の成績が内申として受験において非常に重要視されるということが一つの特徴と言えるのではないでしょうか。ここは、家庭教師の出番でしょう!
苦手科目はしっかりカバーしでもらい、どこがわからないかをはっきりさせ、定期テスト対策を万全にしていきましょう。
なかなか点数が上がらないという方にオススメなの勉強法をご紹介します。用意するものは新しいノート一冊。あんまり分厚いノートじゃなくていいですよ。
このノートに、家庭教師から出された宿題や、学校の宿題で、間違えてしまった問題をひたすら書き写してください。このとき答えは書き写しません。
こうして出来たノートが、自分の「苦手克服ノート」です!
ノートに問題がたまったら、何度もそのノートの問題をやってみましょう。
一度できても、別の日にもう一度。三度できたら、もうやらないでOK! というルールを決めておいてもよいかもしれません。
できなかった問題が出来るようになって、実力アップが実感できるはずです。
それでもわからない、どうしても理解できない問題は塾の先生や家庭教師に見てもらいましょう。根本的な知識の定着ができていない可能性もありますし、何か別の原因あるかもしれません。ほかの人に見てもらうことが大切です。
まだ受験まで時間がある!と余裕を持たずに、地道にコツコツ勉強することこそ高校受験の合格への近道かもしれません。
文科三類二年 福永美華
06/06: 問題解決
Category: 勉強法
Posted by: tosho
吉村充弘 教養学部文科2類1年
読者のみなさん、こんにちは。ブロガーの吉村です。
今回は、「問題解決」についてお話しようと思います。
いきなりですが、質問を提起したいと思います。問題とは何でしょうか。それは、当たり前のように目の前に存在するものでしょうか。受験の上では、狭義の「問題」は机の上に厳然と存在します。しかし、問題を短時間にできるだけ解くためにはどうするか、あるいは生活上困ったことをどう解決するかといった問題は、問題それ自身の存在に気づかなければ、意識の上に顕れてはきません。
問題の一つの定義は、何か生活等において不自由さ・不満足さを感じるとき、その不自由・不満足な現実と十全であると考える理想状態との間の落差のことです。つまり、理想状態が明確に意識されていないか、意識されていてもとても低いレベルである、あるいは現実がその人のにとっての理想状態である(こんなことは、まあないと思いますが・・・)、このようなとき、私たちは問題がないと感じるのです。たまに、ニュース番組等で見ることがありますよね、明確な理想ヴィジョンが描けていないため、問題を意識の中で顕在化できず、現在の生活をただただ漫然と続けている、半分生かされているだけのような与太者を。少し前に問題になったフリーターやニートは、理想を描けていないため、自分に内在する問題を発見できず、今の状態に浸りきっているのです。
みなさんは、自分の理想の状態を描けるでしょうか。たとえば、東大法学部に行って弁護士になっている自分、これを例に取りましょう。そして、仮に場面設定を高一の夏休みに成績は進学校で中くらいとします。現実と理想の隔たりは何でしょうか。この場合、おそらく現在の成績と目標校の偏差値との乖離になるでしょう。この問題を解決するためのソリューションとしては、まず成績アップを考えることになるでしょう。たとえば、東大レベルの成績まで上げるために家庭教師をつけ、しかもその家庭教師は東大の問題に有利なように東大生家庭教師をつける、これも一つのソリューションです。あるいは、塾に行くというのも一つでしょう。
ただ、ここで気をつけたいのが「手段の目的化」という現象です。最近、特に中学受験の塾等で、有名塾に入るために塾に行ったり家庭教師をつけたりする場合があるようです。これは、ともすると子どもに「手段の目的化」を行動パターンとして刷り込んでしまう可能性があるため、できれば避けたいことになるでしょう。また、もちろん、東大法学部に行くというのも、弁護士になることや世間的に名声を得るための手段ですから、受験の一時期は仕方ないにしても、入ってから燃え尽きるような「手段の目的化」的勉強はするべきではありません。
つまるところ、「手段の目的化」現象はミクロ(微視的)な視点に拘泥してしまい、マクロ(巨視的)な視点を忘れてしまっているということなのです。マクロなフレームワークをきちんと把握した上で、ミクロな問題をつぶしていくということが問題解決への近道です。
問題は、どんなところにも存在します。たとえば、大学生でも生活資金がもう少し欲しいという理想状態があり、どうやったら稼げるかという問題が存在します。また、少し「手段の目的化」に近い例になってしまって恐縮ですが、「現在の時間の関係上、稼ぐにしても東大のキャンパスに近いあたりで家庭教師をするしかなく、とても国立市等へ家庭教師に行くだけの時間がない」という東大生が家庭教師を探すとしても、問題-解決の関係が成り立っています。みなさんも理想をしっかりと持って、それに適したソリューションを選択肢していくということを考えるともっと効率的になるかもしれませんよ。
吉村充弘 教養学部文科2類1年
読者のみなさん、こんにちは。ブロガーの吉村です。
今回は、「問題解決」についてお話しようと思います。
【問題解決】
いきなりですが、質問を提起したいと思います。問題とは何でしょうか。それは、当たり前のように目の前に存在するものでしょうか。受験の上では、狭義の「問題」は机の上に厳然と存在します。しかし、問題を短時間にできるだけ解くためにはどうするか、あるいは生活上困ったことをどう解決するかといった問題は、問題それ自身の存在に気づかなければ、意識の上に顕れてはきません。
問題の一つの定義は、何か生活等において不自由さ・不満足さを感じるとき、その不自由・不満足な現実と十全であると考える理想状態との間の落差のことです。つまり、理想状態が明確に意識されていないか、意識されていてもとても低いレベルである、あるいは現実がその人のにとっての理想状態である(こんなことは、まあないと思いますが・・・)、このようなとき、私たちは問題がないと感じるのです。たまに、ニュース番組等で見ることがありますよね、明確な理想ヴィジョンが描けていないため、問題を意識の中で顕在化できず、現在の生活をただただ漫然と続けている、半分生かされているだけのような与太者を。少し前に問題になったフリーターやニートは、理想を描けていないため、自分に内在する問題を発見できず、今の状態に浸りきっているのです。
【発見と解決】
みなさんは、自分の理想の状態を描けるでしょうか。たとえば、東大法学部に行って弁護士になっている自分、これを例に取りましょう。そして、仮に場面設定を高一の夏休みに成績は進学校で中くらいとします。現実と理想の隔たりは何でしょうか。この場合、おそらく現在の成績と目標校の偏差値との乖離になるでしょう。この問題を解決するためのソリューションとしては、まず成績アップを考えることになるでしょう。たとえば、東大レベルの成績まで上げるために家庭教師をつけ、しかもその家庭教師は東大の問題に有利なように東大生家庭教師をつける、これも一つのソリューションです。あるいは、塾に行くというのも一つでしょう。
ただ、ここで気をつけたいのが「手段の目的化」という現象です。最近、特に中学受験の塾等で、有名塾に入るために塾に行ったり家庭教師をつけたりする場合があるようです。これは、ともすると子どもに「手段の目的化」を行動パターンとして刷り込んでしまう可能性があるため、できれば避けたいことになるでしょう。また、もちろん、東大法学部に行くというのも、弁護士になることや世間的に名声を得るための手段ですから、受験の一時期は仕方ないにしても、入ってから燃え尽きるような「手段の目的化」的勉強はするべきではありません。
つまるところ、「手段の目的化」現象はミクロ(微視的)な視点に拘泥してしまい、マクロ(巨視的)な視点を忘れてしまっているということなのです。マクロなフレームワークをきちんと把握した上で、ミクロな問題をつぶしていくということが問題解決への近道です。
【問題はどんなところにも】
問題は、どんなところにも存在します。たとえば、大学生でも生活資金がもう少し欲しいという理想状態があり、どうやったら稼げるかという問題が存在します。また、少し「手段の目的化」に近い例になってしまって恐縮ですが、「現在の時間の関係上、稼ぐにしても東大のキャンパスに近いあたりで家庭教師をするしかなく、とても国立市等へ家庭教師に行くだけの時間がない」という東大生が家庭教師を探すとしても、問題-解決の関係が成り立っています。みなさんも理想をしっかりと持って、それに適したソリューションを選択肢していくということを考えるともっと効率的になるかもしれませんよ。
吉村充弘 教養学部文科2類1年
06/06: 東大生であること
Category: 受験コラム
Posted by: tosho
吉村充弘 教養学部文科2類1年
読者のみなさん、こんにちは。ブロガーの吉村です。
今回は、「東大生であること」についてお話しようと思います。
東大生について皆さんはどんなイメージをお持ちでしょうか。おそらくは、「勉強好き」とか「頭がいい」、そんなことをおっしゃる方が多いのではないかと思います。事実、家庭教師に来る人間に東大生を望まれるご家庭が多いというのも、そのような意識のバックグラウンドがあるからなのかもしれません。たとえば、吉祥寺周辺で家庭教師を探そうと思えば、近くにキャンパスのある国際基督教大学、東京女子大学の学生がたくさんいるはずです。それも、東大系の会社の募集を見ていても家庭教師の募集条件には女子が多いですから、そのような大学の学生も含めた方が、もしかしたらいい家庭教師にめぐり合えるかもしれません。しかし、東大生の家庭教師を指向するのは、おそらく東大生と呼ばれることの利点が作用していると思います。
それでは、東大生と呼ばれることの欠点はないかと申しますと、そんなことはありません。東大生というラベルは、「仕事や勉強ができるのは当たり前」という偏見を生み出しているのです。おそらく、東大生家庭教師を指向するご家庭でも、「東大生だから勉強はできる、だから家庭教師としても優秀」という考えをお持ちの方も多いのではないでしょうか。私は、「どこの大学の家庭教師がいいと思う?」と受験生をお持ちの親御さんに尋ねられたとき、決して「東大生」と断言することはないでしょう。なぜなら、東大生によくあることとして、自分はプロセスを2段階くらい飛ばしてもわかってしまうから、説明が精密でなく、あまり家庭教師として適しない可能性があるのです。
また、東大生としての欠点は就職のときにも少しあるようです。前述のような心理が働くため、過剰な期待をされる可能性があることに加え、東大生を権門を出た人間として色眼鏡で見るところもなくはないようです。実際、周りの人を見ていても個性豊かな人が多いため(自分もその一種だと思いますが)、かなり扱いにくい人材がいることは確かです。しかし、やはり「東大生」というラベルだけで判断されてしまうのは、皆少し心外な場合もあるのではないかと思います。
前段では、少し欠点を言い過ぎてしまったかもしれませんが、世界レベルで見たとき、日本の大学で認知されている大学はなかなか少ないのが現実かもしれません。ただ、その中でも世界ランクに入る大学はいくつかあります。もちろん、学歴が全てとは全くいえませんが、国際化する社会の中で認知されうる大学を出るということは一つのステップになるのではないでしょうか。
吉村充弘 教養学部文科2類1年
読者のみなさん、こんにちは。ブロガーの吉村です。
今回は、「東大生であること」についてお話しようと思います。
【利点】
東大生について皆さんはどんなイメージをお持ちでしょうか。おそらくは、「勉強好き」とか「頭がいい」、そんなことをおっしゃる方が多いのではないかと思います。事実、家庭教師に来る人間に東大生を望まれるご家庭が多いというのも、そのような意識のバックグラウンドがあるからなのかもしれません。たとえば、吉祥寺周辺で家庭教師を探そうと思えば、近くにキャンパスのある国際基督教大学、東京女子大学の学生がたくさんいるはずです。それも、東大系の会社の募集を見ていても家庭教師の募集条件には女子が多いですから、そのような大学の学生も含めた方が、もしかしたらいい家庭教師にめぐり合えるかもしれません。しかし、東大生の家庭教師を指向するのは、おそらく東大生と呼ばれることの利点が作用していると思います。
【欠点】
それでは、東大生と呼ばれることの欠点はないかと申しますと、そんなことはありません。東大生というラベルは、「仕事や勉強ができるのは当たり前」という偏見を生み出しているのです。おそらく、東大生家庭教師を指向するご家庭でも、「東大生だから勉強はできる、だから家庭教師としても優秀」という考えをお持ちの方も多いのではないでしょうか。私は、「どこの大学の家庭教師がいいと思う?」と受験生をお持ちの親御さんに尋ねられたとき、決して「東大生」と断言することはないでしょう。なぜなら、東大生によくあることとして、自分はプロセスを2段階くらい飛ばしてもわかってしまうから、説明が精密でなく、あまり家庭教師として適しない可能性があるのです。
また、東大生としての欠点は就職のときにも少しあるようです。前述のような心理が働くため、過剰な期待をされる可能性があることに加え、東大生を権門を出た人間として色眼鏡で見るところもなくはないようです。実際、周りの人を見ていても個性豊かな人が多いため(自分もその一種だと思いますが)、かなり扱いにくい人材がいることは確かです。しかし、やはり「東大生」というラベルだけで判断されてしまうのは、皆少し心外な場合もあるのではないかと思います。
【最後のこと】
前段では、少し欠点を言い過ぎてしまったかもしれませんが、世界レベルで見たとき、日本の大学で認知されている大学はなかなか少ないのが現実かもしれません。ただ、その中でも世界ランクに入る大学はいくつかあります。もちろん、学歴が全てとは全くいえませんが、国際化する社会の中で認知されうる大学を出るということは一つのステップになるのではないでしょうか。
吉村充弘 教養学部文科2類1年
06/06: 言語学習
Category: 勉強法
Posted by: tosho
文科三類二年 福永美華
読者の皆さん、こんにちは!ブロガーの福永です。
段々暑くなってきましたね。六月に入るとじめじめして気分も下がりがちですが、ここは切り替えて、モチベーション高く頑張りましょう!
さて、今日は言語学習について考えてみたいと思います。今の時代、英語の習得が社会人として当たり前の教養の一つとなりつつあります。
そのような中で、憧れるのはバイリンガル、トライリンガルと称される他言語話者の人々です。彼らは状況・話題・聞き手などに応じて言語を使い分けている、というのが特徴でしょうか。
帰国子女であるケースが一番多いようですが、自ら学習し、他言語話者になるというケースももちろんあります。
私の友人は東京の府中生まれ府中育ちですが、流暢な英語を使いこなします。家庭教師先の生徒さんに帰国子女だと思われていたほどです・・・
しかし、彼女の努力は今の状態に値するものだったのです。
中学二年時から個別指導の塾に早くから通い、英語をめきめきと鍛えていました。とにかく英語で「考える」ことを教えられたそうです。
一般的には日本語から英語、英語から日本語を行き来して、学習を進めてしまいますが、他言語話者の人に共通するのは、その言語を話すときには、その言語で頭のなかで考えているということです。
日本語を話すときに当たり前ですが、日本語で考え、話すように、他言語でも同じようなことを行っているというのです。帰国子女の人(先生や友達、家庭教師等)に聞いてみてください!
そして彼女は東京で英語力を鍛え、高校二年時に、アメリカに一年間ホームステイしました。そこでは、東京にいて塾や家庭教師の先生からは学べない実践の英語を学んだということです。
やはり、他言語話者になるには相当な時間と努力が必要だということが伝わった
のではないかと思います。
しかし、皆さん全てにこのような努力をしてほしいわけではありません!
英語力向上のために、この努力のエッセンスの一部でも実践できれば、他の人に差をつけられるのではないでしょうか。
アメリカに行かずとも、東京で帰国子女の家庭教師や塾の先生に自分の英語をみてもらうこと、
日本語を解さず、英語で考えてみるトレーニングをしてみること、
帰国子女の友達がいれば、その友達と英語で話してみるなど・・・
努力はいくらでもできるはずです!もちろん英語以外にも勉強すべきことは多いでしょうから、余裕のある時でもいいですし、そのような努力が日常の一部となっていれば一番効果的でしょう!
家庭教師で英語を教えているような東京大学の学生も、大学生になってからも英語をしっかり学んでいる人は多いです。
やり方は英語のニュース・新聞を欠かさず読む、留学生とコミュニケーションのはかれる団体で生きた英語に触れる、資格試験に向けで勉強するなどそれぞれですが、日々取り組むことが大切なのだと感じさせられます。
受験で使って英語を忘れてしまった、受験が終われば英語とは無縁、ではこれからの国際人として恥ずかしいでしょう。
まして人に教える家庭教師をやるようなればなおさら!
国際都市東京、グローバル国家日本の一員として、英語を学ぶことをより大切に
考えて行きたいですね。
文科三類二年 福永美華
読者の皆さん、こんにちは!ブロガーの福永です。
段々暑くなってきましたね。六月に入るとじめじめして気分も下がりがちですが、ここは切り替えて、モチベーション高く頑張りましょう!
さて、今日は言語学習について考えてみたいと思います。今の時代、英語の習得が社会人として当たり前の教養の一つとなりつつあります。
そのような中で、憧れるのはバイリンガル、トライリンガルと称される他言語話者の人々です。彼らは状況・話題・聞き手などに応じて言語を使い分けている、というのが特徴でしょうか。
帰国子女であるケースが一番多いようですが、自ら学習し、他言語話者になるというケースももちろんあります。
私の友人は東京の府中生まれ府中育ちですが、流暢な英語を使いこなします。家庭教師先の生徒さんに帰国子女だと思われていたほどです・・・
しかし、彼女の努力は今の状態に値するものだったのです。
中学二年時から個別指導の塾に早くから通い、英語をめきめきと鍛えていました。とにかく英語で「考える」ことを教えられたそうです。
一般的には日本語から英語、英語から日本語を行き来して、学習を進めてしまいますが、他言語話者の人に共通するのは、その言語を話すときには、その言語で頭のなかで考えているということです。
日本語を話すときに当たり前ですが、日本語で考え、話すように、他言語でも同じようなことを行っているというのです。帰国子女の人(先生や友達、家庭教師等)に聞いてみてください!
そして彼女は東京で英語力を鍛え、高校二年時に、アメリカに一年間ホームステイしました。そこでは、東京にいて塾や家庭教師の先生からは学べない実践の英語を学んだということです。
やはり、他言語話者になるには相当な時間と努力が必要だということが伝わった
のではないかと思います。
しかし、皆さん全てにこのような努力をしてほしいわけではありません!
英語力向上のために、この努力のエッセンスの一部でも実践できれば、他の人に差をつけられるのではないでしょうか。
アメリカに行かずとも、東京で帰国子女の家庭教師や塾の先生に自分の英語をみてもらうこと、
日本語を解さず、英語で考えてみるトレーニングをしてみること、
帰国子女の友達がいれば、その友達と英語で話してみるなど・・・
努力はいくらでもできるはずです!もちろん英語以外にも勉強すべきことは多いでしょうから、余裕のある時でもいいですし、そのような努力が日常の一部となっていれば一番効果的でしょう!
家庭教師で英語を教えているような東京大学の学生も、大学生になってからも英語をしっかり学んでいる人は多いです。
やり方は英語のニュース・新聞を欠かさず読む、留学生とコミュニケーションのはかれる団体で生きた英語に触れる、資格試験に向けで勉強するなどそれぞれですが、日々取り組むことが大切なのだと感じさせられます。
受験で使って英語を忘れてしまった、受験が終われば英語とは無縁、ではこれからの国際人として恥ずかしいでしょう。
まして人に教える家庭教師をやるようなればなおさら!
国際都市東京、グローバル国家日本の一員として、英語を学ぶことをより大切に
考えて行きたいですね。
文科三類二年 福永美華
06/03: 本
Category: 受験コラム
Posted by: tosho
吉村充弘 教養学部文科2類1年
読者のみなさん、こんにちは。ブロガーの吉村です。
今回は、「本」についてお話しようと思います。
新宿や池袋の大型書店に入ると途方もないような数の本が並んでいます。値段も装丁もさまざまです。みなさんは、どんな本を主に読まれるでしょうか。私は、最近でこそハードカバーも読むようになりましたが、これまでは比較的文庫や新書が多かった気がします。一般に、ハードカバーは高いし持ち歩きも不便だから読まないという方も多いというのが実情だと思います。もちろん、文庫や新書でもいい本はたくさんあります。しかし、買ってみたはいいけどイマイチってこともありますよね。それを避けるためには、どのような本が読むに値するかを知ることが必要です。
まず、本は見た目で分けられます。文庫、新書、ソフトカバー、ハードカバー、ペーパーバック。まあ、めったとありませんが革装丁の本もあります。ヨーロッパの古くからある大学の図書館などに行くと、記録媒体も紙と羊皮紙に別れます。まあ、外見的な区分はこれくらいでしょう。
さて、次はいよいよ本題。内容での区分です。私は、本は内容で分けると大まかに3種類に分類できると思います。一つ目は、ハウツー・教科書系。これは、割にハードカバー・ソフトカバーの方が優れていることが多いです。二つ目は、ヨイショ本。特に経営系の本に多いのですが、今成功している企業やその経営方針・経営体質改善努力が評価されている企業をヨイショする本がけっこうあるのです。このような本は、その企業のファンでない限り、読んでもあまり得るものはありません。なぜなら、その企業に有利な情報しか事実認定しないわけですから。そして、三つ目は、役に立つ本。これは、人によって評価も分かれるでしょうが、比較的客観的に問題が俯瞰されていて、また記述が簡潔で問題関心がはっきりと洗い出されているものは良書といえるでしょう。
本を読むのにも時間がかかります。だから、できるだけ「これはいい!」と思える本を読みたいですよね。もちろん、当たりのときもあればハズレのときもあります。しかし、上のような分類を頭に入れておくといい本にめぐりあえる確率が上がるような気がします。もちろん、イージーな本も読んだらいいと思います。私自身、小説(けっこう軽いタッチの恋愛小説とか)もライトな評論も読みますし、いつも硬い本ばっかり読もうと思っても疲れてきてしまいます。だから、気分転換にはライトな本もいいと思います。けれど、自分のために何か読もうと思うときには、ジャケ買いをせずにある程度客観的な観点から本を評価して読んでみてはいかがでしょうか。家庭教師の先生とかに推薦してもらって、新宿などでその本を中心に探すのもいいかもしれませんよ。
吉村充弘 教養学部文科2類1年
読者のみなさん、こんにちは。ブロガーの吉村です。
今回は、「本」についてお話しようと思います。
【本】
新宿や池袋の大型書店に入ると途方もないような数の本が並んでいます。値段も装丁もさまざまです。みなさんは、どんな本を主に読まれるでしょうか。私は、最近でこそハードカバーも読むようになりましたが、これまでは比較的文庫や新書が多かった気がします。一般に、ハードカバーは高いし持ち歩きも不便だから読まないという方も多いというのが実情だと思います。もちろん、文庫や新書でもいい本はたくさんあります。しかし、買ってみたはいいけどイマイチってこともありますよね。それを避けるためには、どのような本が読むに値するかを知ることが必要です。
【本の種類】
まず、本は見た目で分けられます。文庫、新書、ソフトカバー、ハードカバー、ペーパーバック。まあ、めったとありませんが革装丁の本もあります。ヨーロッパの古くからある大学の図書館などに行くと、記録媒体も紙と羊皮紙に別れます。まあ、外見的な区分はこれくらいでしょう。
さて、次はいよいよ本題。内容での区分です。私は、本は内容で分けると大まかに3種類に分類できると思います。一つ目は、ハウツー・教科書系。これは、割にハードカバー・ソフトカバーの方が優れていることが多いです。二つ目は、ヨイショ本。特に経営系の本に多いのですが、今成功している企業やその経営方針・経営体質改善努力が評価されている企業をヨイショする本がけっこうあるのです。このような本は、その企業のファンでない限り、読んでもあまり得るものはありません。なぜなら、その企業に有利な情報しか事実認定しないわけですから。そして、三つ目は、役に立つ本。これは、人によって評価も分かれるでしょうが、比較的客観的に問題が俯瞰されていて、また記述が簡潔で問題関心がはっきりと洗い出されているものは良書といえるでしょう。
【どのような本を読むか】
本を読むのにも時間がかかります。だから、できるだけ「これはいい!」と思える本を読みたいですよね。もちろん、当たりのときもあればハズレのときもあります。しかし、上のような分類を頭に入れておくといい本にめぐりあえる確率が上がるような気がします。もちろん、イージーな本も読んだらいいと思います。私自身、小説(けっこう軽いタッチの恋愛小説とか)もライトな評論も読みますし、いつも硬い本ばっかり読もうと思っても疲れてきてしまいます。だから、気分転換にはライトな本もいいと思います。けれど、自分のために何か読もうと思うときには、ジャケ買いをせずにある程度客観的な観点から本を評価して読んでみてはいかがでしょうか。家庭教師の先生とかに推薦してもらって、新宿などでその本を中心に探すのもいいかもしれませんよ。
吉村充弘 教養学部文科2類1年
05/24: 進路
Category: 受験コラム
Posted by: tosho
文科三類二年 福永美華
読者の皆さん、こんにちは!ブロガーの福永です。
中間テストはもう終わりましたでしょうか?
復習をしっかりとして、今後につなげていきましょう!
まだの皆さんはこれから頑張ってくださいね!
さて、受験生の皆さんはもう志望校もほぼ決まってきているかと思います。
大学受験生の場合は、志望校によって受ける科目も大きく異なり、今後の学習計画に左右してくると思います。
受験まであと一年以上ある皆さんにも、志望校選びというのは今後を決める指針になるので、早めに考え始めるのはよいと思います。
では、どうやって考えていくか。
まず、1年後の自分はどうなっているだろうか?
と考えてみてはどうでしょう。
たとえば、高二の今、数学が大の苦手だとします。
テストを受けても点数は悪く、しかし、自分のどこが悪いのか分からないという状況。
何をしたら良いのかも分かりません。
この状況で一年後どうなっているか、考えてみると、
・数学を諦め、私立文系で大学受験をする
・一年間で数学を極め、国公立文系で大学受験をする
・一年の間に数学に目覚め、国公立理系で大学受験をする
などの選択肢が浮かぶでしょう。
ここでどの選択肢を自分のビジョンとするかで一年は大きく変わるでしょう!
この選択が将来を決めるといっても過言ではありません。
大げさに感じるかもしれませんが、進路の決定とは、ある地点での自分の将来を見る力によって左右されるのではないでしょうか。
最後は自分の力をどれだけ見極め、判断するか、これは自分にしかできない作業だからです。
一年後の自分のために何をして、一年後どんな自分になったか。
どんな自分になるかは、今何を始めるかで変えられる、と私は思います。
しかし、おしいことに自分の力をここまで!と過小評価して判断している生徒さんが多いように感じます。
自分の苦手や短所が、良い経験になって将来の武器になるかもしれません。
今の自分はそのまま受け入れるだけですが、先の自分は変わります。
1年後どうなりたいか?
自分に限界を決めず、出来ることをやって進んでいきましょう!
迷うことももちろんあって当然です!その時は学校・塾の先生に相談して具体的な学校の資料をもらったり、家庭教師の経験も聞いてみましょう。
家から近い新宿の高校にしたい、部活動の盛んな高校にしたい、マスコミ就職に有利な大学・学部に入りたい…などといった自分のモチベーションを上げる材料はいくらあってもよいので、いろんな学校を見て、興味を持ってみることから始めるのもいいでしょう!
何にせよ、自分の将来を作る一歩です。大切にそして時間をかけて考えてみてください。
文科三類二年 福永美華
読者の皆さん、こんにちは!ブロガーの福永です。
中間テストはもう終わりましたでしょうか?
復習をしっかりとして、今後につなげていきましょう!
まだの皆さんはこれから頑張ってくださいね!
さて、受験生の皆さんはもう志望校もほぼ決まってきているかと思います。
大学受験生の場合は、志望校によって受ける科目も大きく異なり、今後の学習計画に左右してくると思います。
受験まであと一年以上ある皆さんにも、志望校選びというのは今後を決める指針になるので、早めに考え始めるのはよいと思います。
では、どうやって考えていくか。
まず、1年後の自分はどうなっているだろうか?
と考えてみてはどうでしょう。
たとえば、高二の今、数学が大の苦手だとします。
テストを受けても点数は悪く、しかし、自分のどこが悪いのか分からないという状況。
何をしたら良いのかも分かりません。
この状況で一年後どうなっているか、考えてみると、
・数学を諦め、私立文系で大学受験をする
・一年間で数学を極め、国公立文系で大学受験をする
・一年の間に数学に目覚め、国公立理系で大学受験をする
などの選択肢が浮かぶでしょう。
ここでどの選択肢を自分のビジョンとするかで一年は大きく変わるでしょう!
この選択が将来を決めるといっても過言ではありません。
大げさに感じるかもしれませんが、進路の決定とは、ある地点での自分の将来を見る力によって左右されるのではないでしょうか。
最後は自分の力をどれだけ見極め、判断するか、これは自分にしかできない作業だからです。
一年後の自分のために何をして、一年後どんな自分になったか。
どんな自分になるかは、今何を始めるかで変えられる、と私は思います。
しかし、おしいことに自分の力をここまで!と過小評価して判断している生徒さんが多いように感じます。
自分の苦手や短所が、良い経験になって将来の武器になるかもしれません。
今の自分はそのまま受け入れるだけですが、先の自分は変わります。
1年後どうなりたいか?
自分に限界を決めず、出来ることをやって進んでいきましょう!
迷うことももちろんあって当然です!その時は学校・塾の先生に相談して具体的な学校の資料をもらったり、家庭教師の経験も聞いてみましょう。
家から近い新宿の高校にしたい、部活動の盛んな高校にしたい、マスコミ就職に有利な大学・学部に入りたい…などといった自分のモチベーションを上げる材料はいくらあってもよいので、いろんな学校を見て、興味を持ってみることから始めるのもいいでしょう!
何にせよ、自分の将来を作る一歩です。大切にそして時間をかけて考えてみてください。
文科三類二年 福永美華
