06/06: 問題解決
Category: 勉強法
Posted by: tosho
吉村充弘 教養学部文科2類1年
読者のみなさん、こんにちは。ブロガーの吉村です。
今回は、「問題解決」についてお話しようと思います。
いきなりですが、質問を提起したいと思います。問題とは何でしょうか。それは、当たり前のように目の前に存在するものでしょうか。受験の上では、狭義の「問題」は机の上に厳然と存在します。しかし、問題を短時間にできるだけ解くためにはどうするか、あるいは生活上困ったことをどう解決するかといった問題は、問題それ自身の存在に気づかなければ、意識の上に顕れてはきません。
問題の一つの定義は、何か生活等において不自由さ・不満足さを感じるとき、その不自由・不満足な現実と十全であると考える理想状態との間の落差のことです。つまり、理想状態が明確に意識されていないか、意識されていてもとても低いレベルである、あるいは現実がその人のにとっての理想状態である(こんなことは、まあないと思いますが・・・)、このようなとき、私たちは問題がないと感じるのです。たまに、ニュース番組等で見ることがありますよね、明確な理想ヴィジョンが描けていないため、問題を意識の中で顕在化できず、現在の生活をただただ漫然と続けている、半分生かされているだけのような与太者を。少し前に問題になったフリーターやニートは、理想を描けていないため、自分に内在する問題を発見できず、今の状態に浸りきっているのです。
みなさんは、自分の理想の状態を描けるでしょうか。たとえば、東大法学部に行って弁護士になっている自分、これを例に取りましょう。そして、仮に場面設定を高一の夏休みに成績は進学校で中くらいとします。現実と理想の隔たりは何でしょうか。この場合、おそらく現在の成績と目標校の偏差値との乖離になるでしょう。この問題を解決するためのソリューションとしては、まず成績アップを考えることになるでしょう。たとえば、東大レベルの成績まで上げるために家庭教師をつけ、しかもその家庭教師は東大の問題に有利なように東大生家庭教師をつける、これも一つのソリューションです。あるいは、塾に行くというのも一つでしょう。
ただ、ここで気をつけたいのが「手段の目的化」という現象です。最近、特に中学受験の塾等で、有名塾に入るために塾に行ったり家庭教師をつけたりする場合があるようです。これは、ともすると子どもに「手段の目的化」を行動パターンとして刷り込んでしまう可能性があるため、できれば避けたいことになるでしょう。また、もちろん、東大法学部に行くというのも、弁護士になることや世間的に名声を得るための手段ですから、受験の一時期は仕方ないにしても、入ってから燃え尽きるような「手段の目的化」的勉強はするべきではありません。
つまるところ、「手段の目的化」現象はミクロ(微視的)な視点に拘泥してしまい、マクロ(巨視的)な視点を忘れてしまっているということなのです。マクロなフレームワークをきちんと把握した上で、ミクロな問題をつぶしていくということが問題解決への近道です。
問題は、どんなところにも存在します。たとえば、大学生でも生活資金がもう少し欲しいという理想状態があり、どうやったら稼げるかという問題が存在します。また、少し「手段の目的化」に近い例になってしまって恐縮ですが、「現在の時間の関係上、稼ぐにしても東大のキャンパスに近いあたりで家庭教師をするしかなく、とても国立市等へ家庭教師に行くだけの時間がない」という東大生が家庭教師を探すとしても、問題-解決の関係が成り立っています。みなさんも理想をしっかりと持って、それに適したソリューションを選択肢していくということを考えるともっと効率的になるかもしれませんよ。
吉村充弘 教養学部文科2類1年
読者のみなさん、こんにちは。ブロガーの吉村です。
今回は、「問題解決」についてお話しようと思います。
【問題解決】
いきなりですが、質問を提起したいと思います。問題とは何でしょうか。それは、当たり前のように目の前に存在するものでしょうか。受験の上では、狭義の「問題」は机の上に厳然と存在します。しかし、問題を短時間にできるだけ解くためにはどうするか、あるいは生活上困ったことをどう解決するかといった問題は、問題それ自身の存在に気づかなければ、意識の上に顕れてはきません。
問題の一つの定義は、何か生活等において不自由さ・不満足さを感じるとき、その不自由・不満足な現実と十全であると考える理想状態との間の落差のことです。つまり、理想状態が明確に意識されていないか、意識されていてもとても低いレベルである、あるいは現実がその人のにとっての理想状態である(こんなことは、まあないと思いますが・・・)、このようなとき、私たちは問題がないと感じるのです。たまに、ニュース番組等で見ることがありますよね、明確な理想ヴィジョンが描けていないため、問題を意識の中で顕在化できず、現在の生活をただただ漫然と続けている、半分生かされているだけのような与太者を。少し前に問題になったフリーターやニートは、理想を描けていないため、自分に内在する問題を発見できず、今の状態に浸りきっているのです。
【発見と解決】
みなさんは、自分の理想の状態を描けるでしょうか。たとえば、東大法学部に行って弁護士になっている自分、これを例に取りましょう。そして、仮に場面設定を高一の夏休みに成績は進学校で中くらいとします。現実と理想の隔たりは何でしょうか。この場合、おそらく現在の成績と目標校の偏差値との乖離になるでしょう。この問題を解決するためのソリューションとしては、まず成績アップを考えることになるでしょう。たとえば、東大レベルの成績まで上げるために家庭教師をつけ、しかもその家庭教師は東大の問題に有利なように東大生家庭教師をつける、これも一つのソリューションです。あるいは、塾に行くというのも一つでしょう。
ただ、ここで気をつけたいのが「手段の目的化」という現象です。最近、特に中学受験の塾等で、有名塾に入るために塾に行ったり家庭教師をつけたりする場合があるようです。これは、ともすると子どもに「手段の目的化」を行動パターンとして刷り込んでしまう可能性があるため、できれば避けたいことになるでしょう。また、もちろん、東大法学部に行くというのも、弁護士になることや世間的に名声を得るための手段ですから、受験の一時期は仕方ないにしても、入ってから燃え尽きるような「手段の目的化」的勉強はするべきではありません。
つまるところ、「手段の目的化」現象はミクロ(微視的)な視点に拘泥してしまい、マクロ(巨視的)な視点を忘れてしまっているということなのです。マクロなフレームワークをきちんと把握した上で、ミクロな問題をつぶしていくということが問題解決への近道です。
【問題はどんなところにも】
問題は、どんなところにも存在します。たとえば、大学生でも生活資金がもう少し欲しいという理想状態があり、どうやったら稼げるかという問題が存在します。また、少し「手段の目的化」に近い例になってしまって恐縮ですが、「現在の時間の関係上、稼ぐにしても東大のキャンパスに近いあたりで家庭教師をするしかなく、とても国立市等へ家庭教師に行くだけの時間がない」という東大生が家庭教師を探すとしても、問題-解決の関係が成り立っています。みなさんも理想をしっかりと持って、それに適したソリューションを選択肢していくということを考えるともっと効率的になるかもしれませんよ。
吉村充弘 教養学部文科2類1年
